ラオスの穏やかな風
そんなレストランの一つで、フランスパンのサンドイッチと紅茶で昼食をすませ、急いで、ホテルに帰りました。4時には迎えが来ます。そして、来た方法とまったく同じルートで日本に帰っていきます。でも、バンコクで深夜便には乗らず、市内で一泊して、次ぎの日の14時発の関空行きだったことは、時間的にすごく余裕が有って私達には快適な復路となりました。
2002年1月1日
さらに、表に出ても一緒です。私達は次ぎの目的地である別の市場の場所と名前を確認するためにガイドブックを広げて市場の前できょろきょろしています。近くには例のトゥクトゥクが所狭しと客待ちをしています。私達は当然、トゥクトゥクの運転手が私達を取り囲むように近寄って来ると思いました。でも、彼らは運転席から私達を目で追うだけで声を掛けて来ません。だから、私は、一番近いトゥクトゥクの運転手に目的地の名前を告げました。次ぎの目的地も、ここと同じ様な市場でタート・トンカンカムと言います。距離は前回の2倍ぐらい有ります。やはり20,000キープと言います。私は、つい、5,000キープでどうだと聞き返してしまいました。そうすると、今回は無理だと言う感じです。そこで7,000では、と言うと、ちょっと不満げだったけど、OKだと言います。顔の表情からは、怒っている様にも見えるのですが、それにしては、あっさりと引き下がります。私は、ちょっと悪い事をしたのかな?と思ったけれど、真意は分かりません。
3日目
そんな感じで二つ目の市場も見て回り、結局、私達はビエンチャン市内の7つの市場の内、4ヶ所も探索してしまいました。他に見るべき処が有ったのかも知れませんが、私達はこんな方法で、ラオスの国と人達を少し知る事が出来たような気がします。最後に、メコン川を眺めながら、お昼ご飯を食べようと川沿いのファーグム通りにやってきました。そこは、今見て来た市場の有る町並みと180度ほども雰囲気が違っていて、外国人向けのホテルやレストランだけしかなく、少しの観光客が、のんびりと散策するぐらいで、南国の昼下がりのけだるさを町一面に漂わせていました。
水生昆虫のタガメ
さなぎの炒め物?
タラート内部
そうすると、私達の興味をそそる品物が、次ぎから次ぎと飛び込んで来ます。特に食材は面白かったです。テレビの取材番組でしか見た事無いようなもので、さなぎの炒ったのとか、水生昆虫の活タガメだとか、カエルは何種類もいるし、ドジョウとウナギの中間みたいなのとか、スッポンとは別に普通の形のカメだとか、鳩ぐらいの大きさの鳥のヒラキなどなどです。魚は淡水魚だけで、大き目の魚はナマズと雷魚です。食肉は牛、豚は無くて、鳥ばかりでした。その中でちょっと気になったのは、たぶんそうだと思うのですが大型ネズミのヒラキです。でも、はっきりと分かりませんでした。それから、野菜の種類は豊富でした。そして、お米の種類も。
しかし、そのタートルアンも、特別目を見張る物は無くて、観光客のほとんどいない境内をゆっくりと一周すると終わりでした。ただ、仏塔はかなり大きくて、全体が金色に塗装されているわけですが、そのコンクリートと石の上にしては、良く塗装されているな〜とは思いました。綺麗に仕上げる為には、何回も何回も塗り返したであろう事が想像出来たのです。
ところが、昨日の運転手はマネージャーに半値を示されて素直に受け入れていました。その時の様子から、私には、ラオス人の気質が分かりそうな気がしていました。そこで、さっそく、この日の最初の目的地をタートルアンに決めました。と言うのは、地図で見ると、ホテルから、そこまでの距離は昨日の距離とほぼ同じだからです。
タラート・タートルアン
昨日のトゥクトゥクの乗車体験が、この日の行動半径を広げてくれました。当初、私は、このトゥクトゥクと云う乗り物にカミさんと二人で乗るのは、いまいち不安を感じていました。なにせ、その乗り物は、オートバイを無理やり三輪車に改造して、後輪の間に屋根付き荷台を載せたようなもので、当然、壁は有りません。乗り降りは、後ろからステップを使って荷台のふちをまたいで行います。座席は荷台の両側に3人ぐらいが座れるシートが付いています。そして、運転手は、皆、色が黒くて、お世辞にも小奇麗とは云いがたく、表情も険しいのです。
しばらく無視された時
地元の人たちの食堂街
値切って反省したトゥクトゥクさん
ホテルのアプローチで表の様子をうかがっていたら、程なく一台のトゥクトゥクが寄って来ました。私が行き先の告げると、やはり10,000キープだと言います。すかさず、私は5,000キープでどうだ。と言いました。すると、あっけなくOKだと言います。ちょっと、表し抜けの感は有りましたが、得意満面の表情でカミさんに“はやく乗りなさい!”と促す私でした。
ハト位の鳥の開き
ネットの中はカエル
普通の市場
普通のカメ
ウナギ?かドジョウか?
タートルアンの敷地内から
ホテル前からトゥクトゥクに乗る
そのタートルアンを出てからが、ちょっと不安でした。次ぎの目的地は近くのタラート・タートルアンと言うビエンチャンの中心部からは、一番遠くに有る市場です。でも、タートルアンからは、歩いて行ける距離です。私達は、用心深く歩いて、その市場の前に来ました。そこは、さも有りなんと言う感じの煩雑極まりない場所です。道路は自転車とトゥクトゥクで溢れかえり、人々も、その道路の中を縦横斜めと、好き勝手な方向に歩いています。その合間を縫って荷物を積み込んだ、昔懐かしいリヤカーモドキが進んで行きます。あ〜私が来たかったのは、こんな処だと確信し、さっきまでの不安をすっかり忘れて市場の中に入り込んで行きました。
2002年の最初の朝を、またまたホテルのレストランでゆっくりといただいた私達は、9時頃ホテルを出かけました。だいたい、タクシーに乗ろうにも、ホテルの前にタクシーなどいないのです。その後、気を付けてみていたけど、首都ビエンチャンにはメーター付きタクシーは皆無でした。だから、必然的にトゥクトゥクに乗らなければなら無かったのです、その日、私は自信を持って、その乗り物を利用出来ました。