2002年のロシア
異常に気が付いたカミさんが飛びこんで来たけれど、私の変色した親指を見て気持ち悪そうに見て一言 「どうしたのよ?」
「見ればわかるだろ!滑ってひッくりこけたんだよ。親指を骨折したみたいだ!」
「どうするのよ?」
「どうしていいか俺にもわからないよ!」
「私、知らないからね!」
「知らないって、何を知らないって云うんだよ!」
などとバカな事を言い合っていると、痛みが少し柔らぐのがわかりました。そして、時間がたつにつれ「ひょっとしたら骨折してないのかも?」と言う状態になりました。取合えず様子を見ようと云う事になり、腰痛用に持って来ていた貼り薬を貼る時、恐る恐る動かして見ると自分の意思で親指が動くではないか。しめた!骨折して無いや!
貼り薬を貼ると、次に痛み止めの薬を飲むか、それとも睡眠薬を飲むか迷ったけれど、睡眠薬の方が痛さも忘れて眠られるような気がしたので睡眠薬を選びました。これが効をそうしたのか、それとも単に疲れていたのか、以外にあっさりと眠りに落ちる事の出来たモスクワ最初の夜でした。
2002年5月1日
何時も、お風呂はカミさんが先に入ります。私は後からシャワーだけです。そして、バスタブから出ようとした瞬間です。私はものの見事にひっくり返って、バスタブの外に落ちてしまいました。一瞬の事なので、まったく覚えていないのですが、私はひっくり返った瞬間、何処かを思いっきり蹴飛ばしていたのです。幸い、頭と腰は強打しなかったけど、左足の親指が見る見る内に腫れ上がり、激痛と共に、紫色に変色していった時には、てっきり親指を骨折してしまった思い込み、旅の最初の夜に、なんて悲惨な事になってしまったんだと悲しくなり、痛さの余り声も出ず、その場にうずくまってしまいました。
朝10時に関空を出発した大韓航空のKE722便は11時50分にはソウルの仁川空港に着いてしまいました。乗り換えのモスクワ行きKE923便は16時の出発です。空港内で約4時間の待ち時間が有りました。仕方がないので仁川空港の中をうろうろしましたが、空港の形がすごく分かり易いので、探索には直ぐに飽きてしまい、待合室(といっても、仕切りが有る訳ではなく、ただベンチが並んでいるエリア)の隅っこで昼寝をしながら時間を過ごしました。
ホーム
プロローグ
次ページ
ミーラ大通りのコスモスホテル
2日目
コスモスホテルのエントランス
そして、9時間30分のフライトの後、現地時刻の夜8時半頃(時差は夏時間なので5時間)、待望のモスクワに着きました。ホテルに着いたのは夜10時頃でしょうか。ホテル内の銀行で両替をして、明日の為にミネラルウオーターを仕入れて、やっとシャワーを浴びたと思ったら、大失敗をしてしまいました。